2010年3月18日木曜日

吉田洋子作陶展 東急本店8階工芸ギャラリーにて

いよいよ3月31日より私の個展が始まります!東急では10回目の個展となります。そして椿窯開窯25周年にもなります。今回は新作の色絵磁器の作品に加え飴秞喜文字銘々皿や飴秞南天長角皿などの飴秞の新作も出品します。この喜文字の木製の印は今は亡き義父、雪山が彫ってくれたものです。自然と丁寧に丁寧に作りました。父のことを思い出しながらいい作品になりますように念じながら作りました。いつものことながら最終の追い込みに入っています。今年は妙に余裕があり嫌な予感がしていましたが案の定今になって焦ってます!石川の現代美術展、三越の新作陶芸展にも作品を出さなければいけないのですがどの作品を出すべきか迷ってます。個展はもちろん大切なのですが現代美術展は県の総合展ですからいろんな方に見て頂けるので緊張します。ぎりぎりまで迷ようことになりそうです。

ひろこ

2010年3月9日火曜日

椿に寄せてー無事終了

椿庵10周年を記念しての第一弾が無事終了しました!展覧会を開くときは通常案内状を出すものですが今回は一切ご案内は出さず開催しました。というのも七尾のような限られた場所ですから新聞記事でも十分効果は出せるかなと思ったからです。本当にささやかな展示会にもかかわらずたくさんの方々にお越しいただきました。心より感謝申し上げます。本年は第2段、3段と楽しい企画を考えています。どうぞご参加くださいませ。

ひろこ

2010年3月7日日曜日

椿に寄せて

私の友人です!この日はお嬢様の卒業式がおありで椿庵にもお友達とかけつけて下さいました。4人の子のお母さんです。いつまでも可憐で美しいかたです。!ご主人は私の主治医です。名医です、我が家は先ず先生にお尋ねすることにしてます!先生に長生きしてもらわないと困るのです!


自作のお雛様を飾り、椿、水仙、コブシ、万作を生けて椿庵は春爛漫です!25年前に制作した大作の花器から近作の六角大皿、陽光まで約60点を展示しました。8日月曜日まで開催です。4月1日から東急本店(渋谷)にて2週間の個展が始まります!25年前に作った作品に圧倒的な存在感を覚えます
初心に帰ってこつこつ頑張りマス!
ひろこ

2010年3月5日金曜日

「椿に寄せて」椿庵10周年を記念して8日まで開催

白梅と椿「千羽鶴」花生けは砧青磁。数年前に作りましたが安定感のない細長い形に何となく不安感があり花を生けたことがなかった。ところがです、美智子妃殿下のために作られた千羽鶴の親樹の所有者から気品あるこの椿を頂きました!ピタッと生けることができました。
25年前の処女作、銀河のしずくというタイトルです。初期の頃はこのような焼き締めの壺を作ってました








作品に花を生けていてこの25年をフィードバックしていました。焼き締めから白磁、そして色絵磁器の世界へと歩んできました!新聞社の取材にいらした方がバラエティーに富んでいて一人の作家が作ったとは思えませんねと。春爛漫、紅花万作、こぶし、フキノトウ、水仙、猫柳そして美しい椿の数々、常に花と対話しながら花生けと向き合って来たかなと思います!この25年の軌跡をご覧くださいませ。
会場ではお茶を差し上げております。ぜひお立ち寄りくださいませ!
ひろこ



2010年3月1日月曜日

ふきのとうも椿も愛しいです

飴秞隅切り四方皿「浮雲」 伝統工芸展に出品してその昔2次監査で落とされた作品です!人間国宝の先生方は評価して下さいましたが染色の先生が単純で何の変哲もないとクレームをかけられたそうです!つる幸さんでは八寸に使って頂いています!意外とお料理が映えるようです。

ひろこ

2010年2月21日日曜日

春爛漫 我が家のオリジナルちらし寿司

北陸の春は近し?今年は雪がよく降りました!娘たちのお誕生日にはちらし寿司とケーキを作ります。
きぬさやの新鮮なものがなかったのでカイワレ大根を使いました。アジのたたきを使うこともあります。
これから忙しくなるので皆に迷惑をかけます。ごめんなさい!
個展の準備も思うように進みませんが以前のようにただがむしゃらに数をこなすのとは最近制作への取り組み方が変わってきました!数は少なくても自分独自のものがどれだけ出せるか、そして何より今取り組んでいるテーマを明確にして進むこと、このことが生きている軌跡を残して行くということでしょうか?終着点が見えない中で孤独との戦いですがマイペースで頑張ります!

ひろこ

2010年2月12日金曜日

母70歳の晴れの舞台

昭和8年生まれの母が70歳を目前に金沢音楽堂の邦楽ホールの舞台に立ちました!今から7年前!今年77歳です。あの時も坐骨神経痛で舞台の前日に立てなくなりあきらめかけていたのですが奇跡的に最後までこの重い本衣装を付けて踊ることが出来ました。小学生だった娘たちも幕が上がった時、ちゃーちゃんのあまりの変わりよう?に目が点になっていました。母は小さい頃より踊りが好きでこの舞台の踊りも素晴らしいものでした。13歳のときに中国より引き揚げておじいちゃんの実家がある小松に命からがらたどり着いたそうです。肝心のおじいちゃんはシベリアに抑留されていて、それはそれは苦労したようです!高校生のときも学費が払えず、学校の帰りに出げいこをして学費を稼いでいたそうです。娘の私が言うのもおこがましいのですが母の踊りは本物です。3年ほど前より骨折したり、狭窄症で足腰がめっきり衰えてしまいましたが何とかこのときのことを思い出して今を乗り切って元気になって欲しいものです。

ひろこ